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いじめ問題と、頭のよくなる家と、不安にかられる子供たち

いじめによる悲しい事件が日本全国で多発している。子供たちは、何故そんなに死へと急ぐのだろう。いじめ問題と住環境は関連してはいないのだろうか。どうしても気になる。

 その一方で、頭の良くなる家なるものが話題を呼んでいる。こちらは、どこか胡散臭さを感じてしまう。どちらも、子を持つ親にとっては、いま一番の関心事に違いない。

 住環境という視点からみたとき、「いじめ問題」と「頭のよくなる家」とは、実は表裏一体のように思えてならない。いつの時代も、親子、夫婦といった人と人との関係は、その住宅間取りに端的に現れるからだ。人と人とのコミュニケーションのありようと、住環境とは深く関っている。

 「人と人との間に壁ができる」という喩(たとえ)がある。それが、いま喩(たとえ)ではなくなってしまった。家の中を仕切る壁が、人と人とのコミュニケーションを遮断している。僕にはどうしてもそう思えてならない。

 自分の家をあらためてじっくり見て欲しい。蛇口をひねるとお湯が出るようになり、居間にエアコンが当たり前のように付くようになったのは、つい最近のことだ。それに、いつのまにか柱や襖や障子が消えて、家に中は壁とドアばかりになっている。そして、自分が子供のころ欲しかった子供部屋は、いまは当たり前のようにある。

 いじめに耐えられず自殺した女子中学生の部屋をテレビニュースで見たことがある。人気アニメや自分が描いたイラストがピンナップされていて、ピンクを基調にした女の子らしい部屋だった。彼女の部屋は、彼女自身の世界に見事にデザインされていたように思う。おそらく彼女はこの部屋にいるときが一番心安らかだったろう。ときには、不安と孤独で打ちのめされていたこともあったかもしれない。そこから彼女は死へと旅立っていった。

 自分が与えた子供部屋で、自分の子供が首を吊って死んでいるのを発見した親の嘆きは、同じ子を持つ親として想像を絶する。

 子供部屋が無ければよかった。いきおいそう思いたくなる。「子供部屋が無ければひきこもりも無いだろう。実に単純なことだ、ひきこもる場所があるからひきこもるのだ」。以前、このコラムでそう書いたことがある。そのかわりに居間を広くして、その一画を障子やカーテンで間仕切り、子供たちの居場所をコーナー化してあげればいい。どうせ子供たちは、たいていは居間でごろごろしているのだから。そう提案もしている。

 もともと日本の家屋は、柱と梁からなる開放的な空間だった。襖や屏風で間仕切られた「間(ま)」が生活空間であり、家族は常に家族の気配を感じ互いに気を配り合い暮らしていた。そこに「私室」は無く、家族のプライバシーも希薄だったろう。

 そんな開放的な居住空間を、堅牢な壁で区画し「室」化していくことが、住まいの近代化だった。そして登場したのが、居間、寝室、といった用途別の「室」で、融通無碍に用途が変化する畳の「間(ま)」は消えていくことになる。

 それが、家族のプライバシーが守られて機能的で明るい近代住宅(モダン・リビング)、いまの私たちの住まいだ。水洗便所、湯沸かし器、換気扇、エアコン等々の住宅設備機器がそれをサポートしてきたことはいうまでもないだろう。ここ30年くらいのことだ。

 さて、頭の良くなる家についてである。厳密に言えば、頭が良くなるのではなく、学校の勉強ができるようになる家ということのようだ。有名校に合格した子供たちがどのような環境で勉強してきたかを調査してみると、彼らの多くは、家族が団欒している居間や家族の気配を感じる家の片隅など、どこか開放的で雑然とした環境で勉強していたという。子供部屋という密室では勉強効率が落ちる、そういうことらしい。

 確かにそうかもしれない。いつも誰かに愛されていて、どんなときも絶対に自分を守ってくれる誰かがいつも自分のそばに居てくれるという安心感を常に実感できる環境こそが、子供の集中力をアップさせる。だから学力もアップする。

 逆に、壁で遮断された子供部屋は、静かでプライバシーを守るけど、ときに孤独をも不安をも醸成してしまう。そうなったら勉強にもならないだろう。だから、子供たちの多くは、子供部屋でゲームをして漫画ばかりを読んでいるのかもしれない。子供部屋を与えれば勉強に集中できるだろうというのは、親の甘い幻想らしい。

 一般的に、子供にとって自分を愛し守ってくれる誰かは、親ということになる。人と人との関係には、ただそばに居てくれるだけで安心、居心地がいいという関係もある。同じ屋根の下で暮すとはそういうことだろう。

 その安心感や居心地のよさは、いつも自分のそばに誰かが居てくれるという家の中に漂う家族の気配によって醸成されるものだろう。その気配や機微を、家の中の壁が物理的に遮断してはいまいか。それが、子供たちの心の奥底に漠とした不安を宿させてはいまいか。頭の良くなる家は、そんなことを教えてくれている。

 いじめはいつの時代にもあって、これからもなくならないだろう。ただ、いかなる理由があろうとも、いじめる側が絶対に悪い。問題は、それを見て見ぬ振りをしている多くの子供たちだ。彼らは、いじめられる側になるのが怖いから傍観者になっていると言う。それは、現代の大人社会の反映かもしれない。

 でも、もっと根本的に、いざというとき誰かが自分を絶対に守ってくれるという絶対的な安心感や信頼感の欠如が、子供たちをいじめの傍観者にさせてはいまいか。子供たちの心の奥底に潜む漠とした不安を取り払えるのは、ともに暮らす家族しかいない。子を持つ親は、とにもかくにもまず自分の家の中の「壁」をじっくり見つめてほしい。

2007年11月15日 asahi.com

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